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只見を巡る旅 2022  旧長谷部家住宅(叶津番所)・旧五十嵐家住宅

色々な施設も回ってきたので、巡る旅としてお送りします。

今回は、重要文化財 旧五十嵐家住宅と、福島県指定重要文化財 旧長谷部家住宅。個人的な見どころは、出入り口の数と、嫁入り前の娘さんの部屋、民具なので、その辺りを中心にお送りします。

只見駅周辺散策 ゆり平へ向かう道 と 三石神社へ向かう道

只見を巡る旅の一環として、駅周辺も少しだけ。

只見駅周辺散策 ゆり平から臨む只見線 と 三石神社の鳥居から覗く只見線

どちらも車両が映っています。写真が小さいので見つけられるかな。。

会津蒲生駅周辺散策 蒲生岳&会津蒲生駅 と 観光情報ステーション

チラシを色々ゲット。

会津蒲生駅周辺散策 叶津川橋梁ビューポイント

お仲間お一人に遭遇。草を刈ってもらえてありがたいと言われていました。

私有地を解放していただいてのビューポイント。ご利用の際の約束も看板に書かれていましたので行かれた際は内容をご確認ください。

叶津川橋梁ビューポイント近くの重文エリアへ。

福島県指定重要文化財 旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 出入り口

叶津番所自体は、戦国時代から会津越後の国境にあったようですが、江戸時代に入ってから会津藩からの武士や、叶津の名主の長谷部家が番人をしていたようです。その後、幕府の直轄地となり、その時に建てた番屋が老朽化したタイミングで、長谷部家に番所を移し、長谷部家が番所の執務をしていたそうです。

農家風の曲り家と武家屋敷がくっ付いたような作りで、写真右奥に役人用の玄関があり、このように出入り口が2つあるのが曲り家としては珍しい特徴なのだそう。

奥が役人専用の玄関があったところ。梁にも彫りが施されていて、扉の模様も違うのだそうです。確かに、のっぺりしてない凝った造りに見える。

しかし、更に興味深いのは、出入り口が2つどころか、実は4つあるらしいということ。住居用と公務用にそれぞれ出入り口があるのは尤もなのですが、住居側には、夏用の出入り口と、冬用の出入り口、更に、大雪の際には、2階の出入り口も使用していたらしい。さすが、雪国。

夏用の出入り口の上が、ちょうど屋根が曲がるところで、雪が溜まって落ちてきやすいらしく、冬は、前面に突き出た馬屋の方から出入りしていたようです。確かに、写真の右奥にある夏の出入り口は、屋根からの雪で埋まりそう。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 入館

出入り口だけでもかなり面白かったですが、更に内部へ。

この薪が多く積まれている入り口部分は、かつて馬や、牛などを飼っていた馬屋。次の写真はその上の2階(中2階にあたるようです)の板間の部屋で、今は貴重な展示物が展示されていますが、かつては家畜の餌のワラなどを保管していて、穴から落として家畜に餌をやったり(今はその穴はないそうです)、養蚕をしていた時もあったそうです。

こちらも館内、スタッフの方にご案内いただきました。入館無料、月曜(祝日の場合翌平日)&冬季(11月下旬〜4月下旬)休館、開館時間10:00〜16:00。写真&SNS等アップokとのことでした。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 民具

この2階の部屋にも、只見を巡る旅 2022 ただみ・モノとくらしのミュージアムで教わった、調査カードがついた民具が。

カンジキも用途に合わせて色々な種類のものがあるらしく、足を覆う長いものは雪深いこの辺の地域ではあまり使われないらしいです。その代わり、地面に接する表面積が広い大きなカンジキは、雪を踏んで固めて道を作る、道踏みをする際に、先頭を歩く人が使うのだそう。以前は、当番制で、集落を行き来するための道を踏み固めたのだとか。

「ただみ・モノとくらしのミュージアム」のノコギリを見ていても思ったけど、何か特定のものを少し掘り下げるだけでも、色々なバリエーションや使い道があって、結構面白いものですね。

(光が眩しすぎたので外の景色は少し暗くしています。)

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 娘の間

嫁入り前の娘さんの部屋へ。

ほぼハシゴな階段。昔の家の階段って急ですよね。

侵入者を防ぐための格子が!

家主の部屋からしか行けないようになっているらしいです。間取り図を見ても、一階からの吹き抜け部分に囲まれて、他の2階の部屋からも孤立しているようです。相当大事に守っていた感が半端ない造りです。

娘さんのお部屋の中と、登ってきた階段を降りるときの光景。

他はご来館時にお楽しみ頂けるようサラッとご紹介します。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 1階の様子

お客さんが来た時に使用していた上の間 & 役人が滞在していた上段の間。

もっとお部屋も見どころも沢山あります。ご来館時に是非お楽しみください。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 2階&中2階の様子

女中部屋としても使われた小間 & 2階の部屋や広間。

名主さんの家だけあって相当立派な造りです。ご来館時に是非お楽しみください。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 3階の様子

もちろん登る。

15畳あるそうです。ご来館時に是非お楽しみください。

旧長谷部家住宅 八十里越叶津口番所跡 あとがき

叶津番所は、タイミングが合わずなかなか中に入ることができなかったので、今回説明していただきながら、じっくり見れてとても良かったです。

そして、ここに来たもう一つの目的、都心からの知人が訪れた時に入手したという遺只見町跡分布図をゲット。最高です!

お庭の池で、アメンボの波紋を久々に見ました。何かいいよね。

まだ終わらない重文エリア。

重要文化財 旧五十嵐家住宅 外観

裏手にまわって、国の重文指定の旧五十嵐家住宅へ。叶津エリアは見どころが多いですね。

(番所のすぐ裏の道場は私有地で、建物が違うのでお気をつけください。道場のすぐ裏の細い道を入ります。)

叶津番所は江戸時代の名主の家で、こちらの旧五十嵐家住宅は約300年前に建てられた本百姓の家。まだ家畜を飼っていないので曲り家ではないのだそう。

300年前も江戸時代だよね、と思ったけど、旧五十嵐家住宅は、福島県内にある農家住宅の中では最も古いそうで、日本海側の住宅の地域性などの特徴もあるようで、国重要有形文化財に指定されたそうです。

ここに入った時だったか、火の香りが。茅葺き屋根が傷まないように囲炉裏に火を入れて管理しないといけないんですね。

重要文化財 旧五十嵐家住宅 民具

囲炉裏が2つもある!

皆さんのお楽しみを残しておきたいので、写真は注目の民具だけにしてこうと思います。

重い荷物を背負うときに使う背中当て。バンドリというらしいです。最初は新潟の人が売りに来たそうで、八十里越峠を越えてきたんですね。

隣は、子供そり。説明あると全部読んじゃって、時間がどんどん過ぎていく。

旧五十嵐家住宅と旧長谷部家住宅のパンフレットはこちらからダウンロードできます。

八十里越について

八十里越は、昭和45年に国道として認定された国道289号のうち、新潟県三条市(旧下田村)から福島県只見町までの県境部分にあたります。

険しい峠ながら、江戸時代には、越後と会津を結ぶ峠道として行き来があり、その八十里越峠の麓、会津側の叶津地区に置かれたのが、八十里越叶津口番所でした。

北越戦争で傷を負い、八十里越から会津へ向かおうとした長岡藩家老 河井継之助も、この叶津番所に立ち寄っています。

ふるさと只見会 2017 八十里越について
2017年のふるさと只見の集いで共有された、八十里越を開いた平岡文次郎に関するエピソードはこちらをご覧ください。ちなみに渋沢栄一の名が出てきていますが、民具という言葉を作ったのは、財界人で民俗学者でもあった渋沢敬三(渋沢栄一の孫)なのだそうです。なんともびっくり。

次回は、只見町河井継之助記念館へ向かいます。


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