只見を巡る旅 ~布沢(ふざわ)癒しの森と河井継之助記念館、念願の八十里越県境~
2日目
もちの話
八十里越県境 予習◀︎◀︎
八十里越県境
河井継之助記念館〜外山脩造 没後100年企画展〜
塩沢 山菜まつり
手打ちそば処 八十里庵
最後に
待ちに待った八十里越県境を早速お届けする前に、少し迂回をして八十里越のお話をお送りします。
八十里越に詳しい方は文字通りヤマほどおられると思われるので、そのあたりの詳しいお話は他の方に譲りまして、八十里越は、現在の国道289号線(1970年/S45年認定)にほぼ重なる峠道ですが、只見町入叶津地区から新潟県三条市へ抜ける峠の部分は、車道としてはまだ通じていません。
1986年/S61年に道路計画が決まり、1989年/H元年に着工してから「あと10年」を何度か繰り返していました。
豪雪地帯のため約半年は工事は進められず、積雪量で除雪や工事再開時期も左右されます。
鳥類天然記念物のイヌワシが巣を作っていると重機やダイナマイトなどが影響を与えてもいけないので、指定された専門家集団の判断を仰ぎながら、ヒナの巣立ちまで待つ春もあり、豪雨の被害に見舞われた年もありました。
その工事の進捗もゴールが見え始め、全線開通目標にある程度目処がついて来たことから、2018年/H30年になって、5年以内の全線開通が謳われるところまで来ました。その2023年には、三条市に救命救急センターを併設した県央基幹病院が開院予定で、新たな医療体制も期待されます。
自然が相手なので確実なことは言えないまでも、話を聞いていても、開通が「10年以内になった」ことはかなり大きな前進と捉えている人は少なくないように思います。
「八十里越を翔る」
平成11年(1999年)版と平成16年(2004年)版
そんな八十里越は、時代によって、古道、中道、新道があり、江戸時代に使用していて長岡藩の河井継之助が越えたのは古道で、まとめるとこういうことのようです。
八十里越
古道 江戸時代に使用
河井継之助のほか長岡藩一行が越えた
浅草岳登山口から沼の平までの登山道と重なるが沼の平から先は廃道
中道 明治14年~27年まで使用
すぐに廃道
新道 明治28年に開いた道
松ヶ崎・木の根峠を通る現在の峠道
新八十里?! 県境トンネル
そして、お待たせしました。
次回、ついに、ついに、八十里越県境へ!
只見を巡る旅 2016 ~布沢(ふざわ)癒しの森と河井継之助記念館、念願の八十里越県境~
2日目
もちの話
八十里越県境 予習
八十里越県境◀︎◀︎
河井継之助記念館〜外山脩造 没後100年企画展〜
塩沢 山菜まつり
手打ちそば処 八十里庵
最後に
現在のところ、三条市へ行くには新潟県魚沼市と只見町の田子倉地区をつなぐ、国道252号六十里越雪わり街道を通るの一般的のようですが、時間もかかるし、冬期は雪のため通行止になります。八十里が開通すると、三条周辺の市から都心に出やすくもなるのですね。
国道289号の八十里越のイラストは残念ながらまだありませんが、国道252号の六十里越のイラストは、「国道252号六十里越 雪わり街道シリーズ」でご覧いただけます。
只見を巡る旅 2016 シリーズ
~布沢(ふざわ)癒しの森と河井継之助記念館、念願の八十里越県境~